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喜びの声! 目 河辺様

■大震災後は福島県内を転々と避難

 父に交流磁気を使わせてあげたい

 

河辺美由紀様(仮名)(55歳)福島県双葉郡富岡町

 

 以前に症例報告させていただいたように、永野先生の診察を受けて、交流磁気治療をはじめてから、娘のアトピーが改善しました。その後、実家にいる父も、永野先生のお世話になっていたんです。88歳の父は、大きな病気もなく元気に過ごしてきましたが、10年ほど前から目の具合が悪く、右目が見えなくなっていました。もう片方の目は大切にしていたのですけど、一昨年の11月から左目も見えにくくなったと言い、紹介された大学病院で診てもらうことになりました。

 病名は加齢黄斑変性症と分かったものの、はっきりとした治療法がないという話でした。何度か通って、眼に注射をうったりしましたが、ほとんど症状は改善しません。そこで昨年の10月、いわき市の実家まで父を迎えに行って、楢葉町の蒲生クリニックに来られる永野先生に、診てもらうことにしました。

 自宅で鍼灸師の娘に鍼をうたせてから、蒲生クリニックで永野先生に診察してもらいました。交流磁気治療を受けたあと、父は「頭がすっきりした」と言い、最初から磁気の体感があったようです。さらにこの日、家に帰ると父が、「福島民報の活字が見えるぞ」と言い出し、私たちも本当に驚きました。

 その2日後にも、交流磁気治療のベッドに寝てから、帰って娘の鍼治療を受けました。そして夕方にテレビをつけたら、「左上の小さな時刻の数字が見えた」と驚いていました。数カ月の間、父はこのまま目が見えなくなると、かなり落ち込んでいたようです。翌月に大学病院へ行くと、いつも受けていた眼の注射は、必要ないということでした。

 再び目が見えるようになり、昔のように明るくなった父に安堵していた矢先に、あの大震災が起こりました。私の住む富岡町は原発の問題があり、すぐに川内村の方へ避難しろと指示されました。あんな山奥の小さな役場に住民を収容できるのか、当初から疑問を感じていたんです。いわき市に勤務していた娘と、朝の4時にようやく連絡がとれたので、泊めて頂いた同僚の家の近くの湯本駅で待ち合わせることにして、父が住むの実家へ避難しました。

 いわきには5日ほどいましたが、原発の退避地域はどんどん拡大していきます。安全の観点からみても、主人の母の実家がある会津若松の方が良いということになり、父や兄の家族と一緒に避難し10日ほど過ごしました。その後、水道が出るようになったので、再びいわきへ戻り、兄が持つアパートの6畳一間で、昼は私たち家族5人で暮らし、夜は父だけが寝るためだけに他の家に行っています。それでも行政の指示に従って避難所暮らしするよりは、まだ恵まれていたと思います。

 本当なら3月14日に、大学病院へ行く予定だったのですが、地震の影響もあり、まったく通うことができませんでした。ようやく5月になって、主人が父を病院へ連れて行くと、左目の奥がはれていたようで、また眼球に注射をうたれました。震災以降は、20キロ圏内にあり閉鎖された蒲生クリニックで永野先生に診てもらえず、交流磁気治療を受けることもできません。このままではいけないと思い、私のいとこが持っている携帯型の交流磁気治療を、日曜日だけ貸してもらうことにしました。

 週に1度だけですが、お腹にのせたりして、可能な限り父に治療器を使わせました。次に病院へ行く6月13日までに4回ほど貸してもらい、慣れない生活を続けていた父も、少し精神的に安定したようでした。その効果があったのか病院で診てもらうと、左目の奥のはれがおさまり、眼球もきれいだったみたいで、前回のような注射は必要ありませんでした。

 1カ月でこんなに効果がでても、蒲生クリニックで治療もできないし、父自身が交流磁気治療を続けたいと言い出したので、6畳一間暮らしの我が家でも、携帯型の交流磁気治療を購入しました。購入後は娘はもちろん家族みんなで使っています。

倉庫になっていたところを、住めるように兄が改築しているので、完成すればもう少し快適になると思います。これからも大変な避難生活は続きますが、いまは福島のみんなが我慢しています。富岡の自宅に帰って、永野先生のところへ通院できる日が、早くやって来ることを心から願っています。

交流磁気治療の本!2013年1月25日発売

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「磁気治療が好き!ー心にも体にも優しい免疫も高まるエネルギー療法」
日下史章先生 上村晋一先生著
永野剛造先生 要明雄先生 川本和久先生にもご協力いただきました。
コスモの本より  1200円+消費税