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喜びの声! 目 長島様

手術できない視力の低下が回復
毎日、病院へ通い目の交流磁気治療
白内障 長島照子 様東京都豊島区雑司が谷1-41-1
 大正8年、東京の雑司が谷で生まれた長島さんは、85歳になった今も、この町で暮らしています。夏目漱石をはじめ著名な文化人のお墓がある雑司が谷霊園、鬼子母神、法明寺、大鳥神社といった史蹟の多い町です。実はここ雑司が谷は、交流磁気治療器の開発者、石渡弘三氏の住まいもあります。(株)ヘルスアンドライフサポートも近くにあり、何かとご縁のある町です。 そんな雑司が谷で生まれ育った長島さんが、最初に交流磁気治療器を使ったのは、今からちょうど5年前の秋でした。目がかすんで、眼鏡も合わなくなるなど、困り果てていたとき、近所の友達に薦められ、大沢眼科で診てもらうことになりました。 「最初に先生から障害者手帳を持っているかと聞かれたんです。そんなのありませんと答えたら、よく平気で外を歩いていましたねと言われました。確かに勘を頼りに歩いてましたが、私が思っていた以上に、随分と目が悪くなっていたみたいです」 5年前をこう振り返る長島さんですが、18年ほど前、強度近視と白内障の手術を受けたことがありました。ただ、網膜が薄くとても弱いために、人工レンズを入れることはできなかったそうです。もともと長島さんは、視力が悪い方ではなかったと言います。 「嫁にいった時は、1.2くらいありました。お産をしてからですね。目が悪くなりだしたのは。18年前に手術をして、そのあとは本当に目が覚めたようにはっきり見えて、本当に大喜びしてたんです」 手術のあと10年くらいは調子が良かったものの、徐々に、また見えづらくなってきました。もう一度、手術をしようと思いましたが、長島さんの網膜はさらに薄くボロボロになっており、手術をして破れてしまうと、取り返しのつかないことになると分かりました。困り果てていた当時のことを、こう話してくれました。 「目が悪くなると、本当にわずかな段差でも転んでしまうんです。足は達者なので、どこにでも歩いていけるんですが、いつも目立つように赤い帽子を被っていました。一番怖いのは、歩道を走っている自転車。2度ほど、ひかれたこともあります。困っていたとき、友達が大沢眼科で目が良くなったと教えてくれたので、行ってみることにしたんです」 大沢先生から、磁気をかけてみたらと薦められ、試してみることにしました。しかし長島さんは、最初のうちあまり効果を感じなかったと言います。 「はじめは気が付かなったのですが、磁気をかけた日は、テレビがよく見えるんです。でも、行かなかった日は、なんだかボケていて、徐々にこれが違いなのかなと感じるようになりました。病院に向かっているときと、磁気をかけて帰るときでは、信号の見え方が違うことにも気付きました。青や赤がはっきりするんですね。最初のうちは、月に5〜6回くらいしか行きませんでしたが、今ではほとんど毎日通って、目に交流磁気をかけています。私はもう手術ができないので、交流磁気にはすごく感謝しています。おかげさまで、随分と楽になりました」 これまでは目だけでしたが、今年の4月、ある事件に巻き込まれました。長島さんが自宅近くの雑司が谷霊園を歩いていたとき、いきなり暴漢に襲われたのです。羽交い絞めにされ、地面に倒れ込んだとき、背骨にヒビが入る重症を負いました。これをきっかけに、交流磁気の全身治療も体験することになります。 「入院するほどではなかったのですが、整形外科で注射を打ったり、レーザーをあてたり、コルセットを巻いたりと、いろんな治療を受けました。いつもは、座って目に磁気をあてるのですが、腰が痛くて座れないんです。それなら腰にも良いだろうということで、ベッドへ寝て、全身の交流磁気治療をしながら、目にもあてるようにしました。そのおかげか、1カ月くらいで歩けるようになったんです。今でも天気の良い日は、家から病院まで20分くらいで歩いて行けますよ」 長島さんはこう言いますが、元気な大人の足でも、なかなか20分では歩けません。もっとも、ずっと雑司が谷に住み続けている長島さんは、随分とたくさん近道を知っているみたいですが……。 長島さんが、もう離れられないと言うこの町では、毎年10月、鬼子母神の「御会式」という盛大なお祭りが開かれます。今年も長島さんは太鼓を叩いて、大いに盛り上がりました。

交流磁気治療の本!2013年1月25日発売

アマゾンからご購入いただけます。


「磁気治療が好き!ー心にも体にも優しい免疫も高まるエネルギー療法」
日下史章先生 上村晋一先生著
永野剛造先生 要明雄先生 川本和久先生にもご協力いただきました。
コスモの本より  1200円+消費税